乳頭癌/マチコさん47歳女性

 彼女は私の中学高校の同級生。

卒業後は全く会ってませんでしたが、

Facebookで繋がり、そして私の甲状腺手術の時にもすごく力になってくれました。

 

彼女が癌になったのは2年前。

今では傷跡もわからないくらいに回復していますが、

実は未だに悩まされている後遺症があります…

 

 目次

①病気に気付いたきっかけ、症状

私は悪性腫瘍、つまりガンでした。

甲状腺癌は、できた癌細胞の組織の形によって5種類に分類されるそうです。

私の癌は「乳頭癌」と言われるもので、甲状腺癌の中でも最も予後がよく、

甲状腺癌患者の80%を占めるものです。

しかし私の場合はすでにリンパに2か所転移しており、

サイズも2×2×4センチ、年齢も45歳だったためステージ2の判定。


癌そのものは甲状腺の右側にあったのですが、

左側にも良性の小さな腫瘍があったので甲状腺を全摘し、

リンパの廓清(かくせい)を行いました。

術後は先生にも想定外の後遺症が残ってしまい現在もその改善策を模索中ですが、

手術から間もなく2年を迎える今、私はとても元気です。


病気の発見から現在に至るまでを、

もう一度思い返してここに記させていただこうと思います。

 

甲状腺乳頭癌発見】

もともと気管支の弱い私は、その年の冬も咳が止まらず、

持病のぜんそくが出る前にお薬だけもらおうと、

軽い気持ちでふだんは行かない近所の内科に行きました。

2014年10月10日のことでした。

触診の時、首元で先生の手が止まり「何かあるよ」と。
後になって知ったのですが、

その病院の先生は甲状腺の専門病院である隈病院ともかかわりをお持ちの内分泌の専門医だったのです。


とりあえず、その病院でエコーを受けることになったものの予約がとれたのは10日後で、

今思い出してもその10日間は地獄のように不安な日々でした。
ネットを見ればきっと不安になる。
だから絶対見ないと決めたくせに、不

安に負けてついつい調べては不安になるの悪循環でした。

家族に高齢の母や高校受験を控えた息子がいたため、無駄な心配をかけまいと、

その時はまだ何も言えませんでした。


10日後、厳しい表情でエコーの画面を見つめる先生の口から出た言葉は
「思った通り、やっぱりあるね」
「あるって……腫瘍かなにかですか?」
「うん、悪性やね」
「……悪性って…ガンっていうことですか?」


その後の先生の言葉は記憶にありません。
覚えているのは、思わず涙をこぼした私に「そらショックやと思うよ」とおっしゃった先生の言葉だけです。


現在、二人に一人が癌になる時代と言われています。
でもまさ自分が癌になるなんて思ってなかった。
なんで私なん?
家族になんて言う?
子どもたちには何て言う?
え、私死ぬの?

待合室で会計を待つ間、初めて聞いた「甲状腺癌」という病名に恐怖心しかわかず、

何も知識のない私はそんな考えても仕方ない疑問ばかりが頭をよぎり、

涙が止まりませんでした。呆然自失の中で、隈病院の紹介状を受け取り、

家族にばれないよう涙の跡を消すために遠回りして帰宅の途につきました。


こうして私の甲状腺癌との長いお付き合いが始まりました。

 

②-初診から検査

 

2014年10月28日、癌が見つかってから一週間後、

いただいた紹介状を持って初めて隈病院を訪れました。

 

少しでも家族の負担を減らしたいと思い、

隈病院に行く前日まで病気のことは誰にも話しませんでした。

 

この間本当にいろんなことを考えました。

小さなお孫さんの手を引いて歩く高齢の女性を見れば、

もしかしたら私にあんな日は来ないのかもしれない、何が悪かったんだろう、

来年の今、私はどこで何をしているのだろう、5年後は?、10年後は?……。

考えても仕方のないことばかりが頭をよぎり、

幾度となく車を停めて一人で泣きました。

 

しかし、隈病院へ行く前日、主人と母に病気が見つかったことを告げたとき、

二人が思った以上に冷静でいてくれたこともあり、

当日はとても落ち着いた気持ちで病院を訪れることができました。

この時点ではまだ、二人の息子たちには何も話しませんでした。

 

当日、受付をすませ、まず血液検査。

次に別室に呼ばれ看護師さんの問診がありました。

その後、血液検査(隈病院では1時間後に結果が出る)の結果を見ながら医師の診察。

「乳頭癌」であることを示す「サイログロブリン」という腫瘍マーカーが、

上限値35のところ74.3あり、癌であることは明らかでした。

すぐに「穿刺(せんし)吸引細胞診(直接患部に細い注射針を刺し、細胞を吸い出す検査)」を行うことになりました。

本来であれば、順番を待って専門の部屋で行うのですが、

私の場合は悪性ということが明らかであったためか、

その場で主治医が施術してくださいました。

思いのほか痛みはなく、2か所から細胞を採取し、その日はそれで終了となりました。

 

次は10日後の11月6日に再び病院を訪れ、診察と詳しい検査となりました。

検査は、レントゲン検査、超音波検査、肺活量、

そして確か、声の高さを計るような検査をしたと思います。

 

診察では前回採った細胞診の結果が伝えられ、病状の詳細が伝えられました。

悪性に間違いはなく、大きさは2×2×4センチ、年齢が45歳だったこと、

そして2か所リンパへの転移があることからステージ2。

今のところ、肺や骨への遠隔転移は認められないということでした。

 

すでにリンパに転移があったことや、

腫瘍は甲状腺の右葉にあったのですが左葉にも良性の腫瘍が認められたため、

このまま放置して様子を見るという選択肢はなく、

12月の末にベッドの空きがあったことから早々に手術の運びとなり、

次は8日後の14日、CT検査と麻酔科の診察、喉頭鏡医による診察の後、

入院の案内を受けるため再来院することとなりました。

 

(つづく)